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标题: 現代日本を語る(公民)

現代日本を語る(公民)

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第1部 現代社会と人間
第1章 人間とは何か
1 東西の人間観
■ 人間
  人間とは、一般には人界に住むもの、すなわち動物および神と区別する語である。アイヌ語で「アイヌ」とは人間のことであり、他民族との接触がないなかで、自らを「アイヌ=人間」と呼んだのも自然なことである。古今東西にわたり、「人間とは何か」については古来多くの思想家が論じた。そこでは、人間が動物の一種であり、直立二足歩行し、道具を操ることは自明の事実であり、それ以上の特性をもって「人間とは何か」を規定しようとしたのである。
■ 東西の人間観
【 西洋の人間観 】
  古代ギリシャでは人間の特徴を理性に求めたが、その代表者はソクラテス、プラトン、アリストテレスである。スウェーデンの生物学者リンネ(1707~78)が人類をホモ-サピエンス(賢明な人間)と名付けたのも、ギリシャ思想を受け継いだヨーロッパでは、言葉を操り、論理的に思考する能力を持った存在としての人間という見方があったからである。
  「知は力なり」と自然の因果関係を正しい知識でとらえるとき、技術を生み、自然を支配し人類の幸福が増進されると主張したベーコン(1561~1626)や、「人間は考える葦である」として、思考の優越性を説いたパスカル(1627~62)など、この人間が自然界の主人であるという対自然の考え方が、ルネサンスを経て産業革命というヨーロッパの近代につながっていったのである。
  それ以外にも、道具を作り操ることに観点をおいた「工作人」、言葉に求めた「言語人」、宗教に求めた「宗教人」、根元的な生の営みを遊びにとらえた「遊戯人」などの緒論があるが、いずれも人間の特性の一面を物語っている。
  しかし、人間は飢餓や戦争といった極限状態になると、人肉も食べ、殺戮も平気で行う利己的な存在であり、「人間ほど残忍な動物はいない」とも言われる。人間は「食肉類の特性をもつ霊長類」とも言えるのである。
【 インドの人間観 】
  古代文明の発祥の地、インド、中国でも、「人間とは何か」について多くの思索が行われた。古代インドのバラモン教の聖典を「ベーダ」と言うが、その解釈の中から自然と人間の考察が深められ、「ウパニシャッド(奥義書)」が作り出された。「ウパニシャッド」で確立された業・輪廻転生・解脱の思想は、インドの思想・文化の中核となったばかりか、仏教とともにアジア諸民族に深く広い影響を与えている。インドのヒンドゥー教もバラモン教の教義に土着の民間信仰を吸収して大きく変貌したものを指している。そして、ベーダの神々の中には、帝釈天や弁才天のように日本で今日でも崇拝されているものもある。
  古代インドの考え方は、「人間は苦なる存在」ととらえる点にあり、それを前世で行った行為(=カルマ、業)ととらえるバラモン教、いろいろな欲望に執着する心(=煩悩)と考える仏教という違いがあるが、宇宙の普遍的な真理<バラモン教では「ブラフマン(梵)」、仏教では「ダルマ(法)」>を悟ることで苦から解放されるとする点は共通である。
  つまり、人間を「知情意」を持つ存在と言うなら、「人間とは何か」について「知=理性」に求め、自然の因果関係を知り技術の発展させることに人間の幸せを求めた西洋と、「情意」の世界に求め、「知」ではなく自然の因果関係を悟り(=解脱)、自然と一体化すること(=梵我一如)で人間の幸せを求めたインドという違いが浮き上がってくる。
【 中国の人間観 】
  古代中国についてみれば、それは「天」の思想に行き着く。この「天」  とは自然界の秩序や法則であり、やがて人の心に内在する道徳を意味するようになる。これをはっきりさせたのは孔子である。その後、孟子の性善説、荀子の性悪説という議論を生むが、人間の心に備わる善への可能性を否定したものではない。孔子後で言えば、無差別平等の兼愛を説いた墨子、無為自然、この世のものは差別なくすべて等しい価値を持つ(=万物斉同)と説いた老子・荘子であろう。
  しかし、共通するのは、「天=大自然の秩序・法則」ととらえ、その「天命」に従うことが人間の幸せになるとする点にある。それは、個人の「仁」や「礼」の実践と、民を救う道(=経世済民)を君主による徳治政治に求めた孔子にも、我欲を捨て、自然と一体化した生き方(=道)を追求した老子・荘子(道家)にも共通していたのである。この老荘思想は仏教の思想と共通した発想があり、それが中国人が仏教を受け入れる精神的土壌を作ったとも言える。それ以外にも春秋・戦国時代(繕8世紀~前世紀)には、法家(韓非子)、兵家(孫子)など諸子百家と言われる様々な思想家を生む。
  インドに比べて現実を見つめる現世主義が濃厚である。祖先の霊は子孫が供養すれば、子孫に幸福を与えるという信仰はあったが、前世・来世という考えは仏教伝来まで生まれていない。なお、中国の「礼」の思想は祖先の霊を供養する儀式から生まれたと言われている。
■ 人間とヒューマニズム
【 社会的動物としての人間 】
  個体としての人間は弱い。しかし、実際の人間は決してか弱い存在ではなく、武器や火の使用や集団で獲物を追いつめる知恵や罠など、人間は多くの動物たちにとって脅威であった。
  それは、人間は家族を基本単位としながらも、他者と共同して社会を作り、集団として行動する習性を備えていたからである。また、共同行動のための言語を発達させ、人間が自然に手を加えて形成してきた物心両面の成果、すなわち文化を次世代に受け継がせることができる唯一の種だったからである。これが、「人間は社会的動物である」と言われる由縁である。
  文字の有無によって人間の社会は未開と文明に分けられてきたが、文字もまた、口承では伝えきれない多くの情報を次世代に伝える道具の一つである。人間は人間の作った社会のなかで育ち、生きるための言語や技能を習得し、その社会特有の形で教育を受ける。人間は一定の社会に適応する価値観をもつように期待され、生活も社会の文化の影響を受け、着衣も強制される。つまり、社会とは、そこを離れて人間は生きていけない「人間的自然」なのである。
【 人間とヒューマニズム 】
  人間ほど残忍で利己的な動物はいないといわれながらも、他方で、社会的動物である人間は、日常的に他人に尽くし、弱者を扶助し愛護するなど利他的にも行動することができる唯一の動物である。多くの動物では老いて生殖能力のないものは死んでいくが、子供や老人は社会の庇護により生存し、老人の知恵と経験をその社会に十分に生かすこともできる。そこにヒューマニズムの根源の姿をみいだすことができる。
  ヒューマニズムは個体としての人間が生まれながらに備えた資質ではなく、人間社会がもつ相互扶助の本質から生まれたものなのである。ヒューマニズムを一言で言えば、「認め合い・助け合い・分け合う」心であり、人間の共同社会が生み出したかけがえのない文化である。インドの狼に育てられた少女の例を挙げるまでもなく、狼の育てられた人間の子は、狼の野生のまま育つのである。
  ところが、私たちが住む現代社会よりも、現代人が「未開部族」とさげすむ部族社会の方が、今でもはるかに助け合い、分け合う社会であり、病者をいたわり、老人を尊敬し、また感情豊かに、自然と共生しながら生活している事実は何を意味しているのだろうか。私たちが豊かな消費生活を手に入れる反面で、また多くの心の豊かさを失ったことを、今もう一度、思い起こす必要があるだろう。文化の豊かさは、物質面の豊かさからだけ測ることはできないのである。
  例えば、日本には、古来、神社のお祭りに使われる「ひょっとこ」の面があるが、面の顔かたちでわかるように知恵遅れの男を表している。この「ひょっとこ」の語源は「ひおとこ(火男)」であり、当時の原始社会では、きわめて大切な火を守る仕事を分担していたことを教えている。その社会では、老人も子供も障害者もそれぞれの役割を持ち、社会全体で守りあい、助け合って生きていたのである。
 

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2 個性とアイデンティティ
■ 青年期の意義
  発達心理学上の用語としての「青年期」は、児童期と成人期との中間の時期で、男子では平均14、5歳から24、5歳まで、女子では平均12、3歳から22、3歳までを意味する。まず、それは第二次性徴と言われる身体的・性的な変化に始まる。
  それは児童期までの比較的安定した人格のに大きな動揺を与えるので、さまざまな心理的特徴を生じさせる。この期のことを「第二反抗期」とか「心理的離乳」とか呼んでいる。青年は自分でも理由のつかめない不安、いらだち、葛藤、怒りなどを感じ、これが大人社会に対する反抗として現れる。青年は社会的は、いわゆるレヴィン(1890~1947)の言う境界人であって、成人にも子供にも属さない境界にいるあいまいな存在である。学校や家庭においては、ときにより大人並みに扱われ、ときには子供並みにも扱われる。性の目覚めはその関心を異性に向かわせるが、その思いは常に相手に伝わるとは限らず、深い孤独感に悩むことになる。また、自分の生き方を探して模索するが、親や教師が押しつける価値観との狭間で葛藤が生じる。
  それは「自我」の自覚であり、母親の胎内から生まれるのを「第一の誕生」と呼ぶなら、まさに「第二の誕生」と言えるだろう。それは両親の保護から独立し、「自分が何者か、自分はどこへ行こうとしているのか」という自問自答を通して、「自分らしさ」を探している時期と言えるだろう。アメリカの心理学者エリクソンは、それを「自我同一性」という考えで説明した。この「自分らしさ」(自我)の確立を求めて、青年はそれまで一方的、無自覚的に押し付けられた価値を否定し、目的意識をもった人格に生まれ変わろうとしているのである。
  しかしこの課題は、青年の生きる時代や環境、また自分の能力によって容易に達成されない場合が多い。ここに、エリクソンのいう「自分がなにをしていいのかわからない」「人と上手につきあえない」「自分が自分でわからない」などの現象も生む。それが極度に及ぶと、神経症その他の病的徴候となったり、中学・高校におけるいじめや校内暴力、家庭内暴力という形で表れたり、少年犯罪などを引き起こす。この自我同一性の確立までの時期をモラトリアムと呼び、自我同一性の確立までを「引き延ばされた青年期」とも呼んでいる。
 

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■ 欲求とアイデンティティ
【 アイデンティティ 】
  人間は高等哺乳類の中ではもっとも未熟な状態で生まれる。そして社会が高度化したために、独立するまでに習得すべき知識や技能も増え、就学期間も延び、青年期もまた延びる傾向にある。学校を卒業しても定職に就かず、将来どうするというあてもないまま親に生活を依存した生活を長く続ける人も増えている。そんな人を「モラトリアム型人間」と呼ぶこともある。
  しかし、青年がアイデンティティを獲得し、自己を形成するためにはさまざまな試行錯誤の繰り返しがあり、家族や社会からその時間的な余裕を与えられる必要がある。青年期のモラトリアムは、この社会の中で、自己のアイデンティティを確立するまでの過渡期なのである。
  アイデンティティというのは、一言で言えば自我実現(「自分らしさ」の実現)であるが、それは何か自分の賭けられるものを見いだし、あるいは信頼できる人を見いだすなど、社会との関わりの中でしか存在しないものである。
  では、定職について家庭を持っている大人の何人が、果たしてそのアイデンティティを持っているのか、考えてみる必要がある。会社と自己を同一視する「会社人間」、偏狭な民族主義と自己を同一視する国家主義者、特定の政党や宗教団体と自己を同一視した人間も、ある種のアイデンティティを持っているとは言える。しかし、本来のアイデンティティとは「個」に立脚した自我実現であり、外の集団に心理的に依存した帰属意識ではない。いわんや、国家や企業や諸集団への帰属や地位などの「肩書き」でもなければ、収入の多少、知名度や名誉の有無でもない。その種のアイデンティティは何かの理由でその集団が崩壊したり、集団の中で疎外されたり正当に評価されないなどの事態が生じると容易に壊れてしまうものである。その例は、会社からリストラを宣告されたサラリーマン、「神国」日本の敗戦に茫然自失状態に陥った多くの日本人など、枚挙にいとまがない。
  今では、最後の拠り所であった「家族の崩壊」も深刻化しているのが現代社会であろう。社会の変化を示すとされる日本の離婚率(千人当たり)は、1975年の1・0から1997年の1・78へと上昇している。アメリカの4・2、イギリスの2・9、西ドイツの2・1よりは低いが、アジア諸国の多くが0・5前後であるのと比較すれば、わが国の値はかなり高水準となっている。
  また、最近では「日本人のアイデンティティ」を強調し、それを強い日本国家に求める国家主義的傾向が発生しているが、日本国家が過去に犯した過ちを認めることを「自虐」と感じるような感覚は、そもそも自我の確立が遅れているのである。戦前の軍国主義のように、国家と自己を同一視するような一元的価値観をアイデンティティとは呼ばない。国際化する社会の中で「日本人としての私」が立脚できるのは、やはり「私」自身なのである。
  青年にとって大切なのは、「自分が何をしたいのか」、”must”よりも”want”を見つけることであろう。それは百人百様であって、人それぞれに夢も自己実現の方法も違う。自分に充足感がある生き方を見つけることができれば、それでいいのである。「一歩先を歩かなければ、一歩先は見えない」のであり、試行錯誤を恐れないことである。それは容易なことではないが、失敗なしで、それを見つけた人はいない。
 

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【 欲求と自己実現 】
  「夢を持つ」ということは、自我実現(=自己実現)の欲求を持つことに等しい。これを、マズロー(1908~70年)の「欲求の階層的体制」を通して見てみよう。
  欲求には、まず飢えや乾きや睡眠などの生理的欲求(一次的欲求)があり、これが人間の行動の根底に存在する。この最下層の欲求が満たされなければ、人間はその欲求を満たすために、攻撃し合い、殺し合うこともあり、理性どころか、獣性にさえ戻ってしまう。飢餓や貧困地域に地域紛争が再三勃発する原因はここにあり、最低限の生理的欲求さえ満たされていないことが多いからである。その上に、病気やけが・災害などの様々な危険から身を守ろうとする欲求、つまり安全の欲求がある。
  しかし、人間の幸せはそれだけで満たされるわけではない。「人を愛し、人から愛されたい」という愛情の欲求があり、最大のものは親子の情愛、愛し合える異性と巡り会い家族を作りたいという欲求だろう。それは、友情や幸せな周囲との人間関係を作りたいという欲求にまで及ぶ。これらは、古今東西、民族や人種の如何に関わらず共通しており、「人情に変わりはない」のである。ここまでが幸せの最低条件ということもできるだろう。
  次にあるのが、他人や社会から認められたいという欲求であり、地位・名誉・財産・社会的評価を得たいという尊敬の欲求であり、通常、「成功」と呼ばれているものである。これは、個人が生まれ育った環境や文化によって、影響を大きく受けるものであるが、資本主義世界では「金=収入」の多少や社会的地位の高低が問題とされることが多い。それが満たされると、自信や満足感が得られ、それが満たされないと、劣等感や自己嫌悪の感情が生まれる。この社会の中でのアイデンティティというのは、愛情の欲求から尊敬の欲求、これらの社会的欲求(二次的欲求)と深く関わる概念とされている。しかし、仮に名利を得たとしても、そこは浮き沈みの激しい競争社会であり、地位や肩書きや財産は、常に「失う恐れ」があり、不安と闘いの毎日であろう。
  しかし、人間には大きな理想や目的の実現のために、献身的に生きる生き方も存在する。名利や成功への執着を離れ、自分らしい生き方を追求する人生も存在する。それを心理学では自己実現の欲求と呼ぶが、どちらも最善の自己になろうとする欲求である。それは他者の評価に左右されない世界であり、真のアイデンティティとは、この自我実現、すなわち自己実現のプロセスの中にある。「得た」結果にではなく、自己実現を目指す終わりなき過程に存在する。
 

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■ 適応と個性の形成
【 適応とステレオタイプの違い 】
  人間が社会的動物であり、社会を離れて人間は生きていけない存在である限り、その社会特有の形の教育を受け、人間は一定の社会に適応する価値観をもつよう期待される。特に、家族・学校・会社など準拠集団の集団内の文化を体得し、集団の暗黙の規準に同調して行動することを求められる。もし、その社会の道徳、常識や法律などの社会規範から逸脱すれば、非難を受けたり罰せられる。
  学校教育というのは、社会に適応する言語や技能を習得や共通の価値観をもつようにするための機関と言える。しかし、不登校児の増大や青年の「ひきこもり」などの社会現象は、親の過重な期待や、受験競争、管理的色彩が強い社会への反発や異議申し立てという意味を含んでおり、単なる「社会的不適応」と言えない場合が多い。社会の仕組みやあり方のなかに、子供や青年がのびのびと自己を形成させていく機会を奪う要素があるとも考えられるからである。
  社会には、「学生はこうあるあるべし」や「競争こそ社会進歩の原動力」のような、暗黙のうちに固定したステレオタイプ(紋切型)の考え方が存在し、それが偏見や差別意識を生み出すこともある。これらが青年が自分なりの考えをつくり出したり、自分らしい生き方を選択することを阻害することがある。適応とは、「長いものには巻かれろ」と集団に無条件に従うことでもなければ、大勢に順応するような受動的なものでもない。むしろ、集団のステレオタイプ(紋切型)発想を破り、新しい発想で集団を作りかえる能動的適応こそ適応であり、今の時代に何より必要とされているのは、この創造的で能動的な適応であろう。
 

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【 自我と防御機制の心理 】
  現代社会は生理的欲求は満たしやすいが、社会的欲求の充足には多くの困難を伴っている。好きな異性にその愛が受け入れられるとは限らないし、自分がしたいと思っても親や教師から禁止されることもあるし、自分の努力が会社には認めてもらえないなど、さまざまな欲求不満(フランストレーション)が生じる。二つ以上の欲求が衝突して、どうしていいのかわからなくなる葛藤(コンフリクト)も生じる。現代社会はこの欲求不満と葛藤が蔓延している。これらに直面したとき、状況に応じた適切な行動をとることが適応であるが、常に合理的解決の道が見つかるとは限らない。そのとき、人間には不安や緊張を減退させて、自我の統一を守るための防衛機制という無意識の心理作用が起こる。これらは、精神分析学を創始したフロイト(1856~1936)によって名付けられた概念である。合理的解決には、自分の能力が現在どれくらいか予測できる。自分が何をすべきかを知っている。何をすれば最適な結果に至るかがわかる、問題解決の実行過程を目標との関連で点検できるなどの認知が必要であるが、「主体としての(観察する)自我」と「客体としての(観察される)自我〕」の統一性が必要となる。この認知は、だれでもいつも完璧に働かせることができるわけではなく、大人でも知識や経験不足の領域では認知パニックを引き起こす。
  防御機制の代表的なものは、嫌なことを忘れようとする抑圧、他人のせいにする合理化、虚勢を張ったり反対の行動をとる反動形成、他人やドラマの主人公と自分を同じものと考えたり、自己が属する集団と同じものと考える同一視(「摂取」と「投射」がある)、お酒や遊びやゲームなどで苦しさから逃げようとする逃避・退行、別の目標や対象を持つことで越えようとする置き換え(「代償」と「昇華」がある)などであるが、いずれにせよ、防御機制というのは欲求不満や葛藤を無意識の世界に押し込めることであって、現実に直面している問題を根本的に解決することにはならない。しかし、人間が人間である限り、さまざまな防御機制は無意識のうちに起こることであり、一概に悪いことだとは言えない。気分転換とか、旅に出るとか、一時的に待避することも必要なのであり、疲れたときには無理をしないでゆっくり休むことも大切である。
  しかし、この防御機制によっても自我が維持できなくなったとき、うつ病、過食症や拒食症、いじめ、家庭内暴力、対人恐怖症、反社会性人格障害などとなって現れる。
  なお、年齢が若いほど学習力(=知性化)があるが、抑圧・抑制が少ないことが攻撃的行動や反抗として現れやすい。逆に年齢が高まるにつれて、学習力が低下し、抑圧・抑制が増え、いわゆるストレスとなって蓄積する傾向が多いと言われている。このストレスは40~50代にはピークを迎え、現代病とも言える「うつ病」の増加となって現れている。現代は様々な「心の病気」が増加しつつあるが、それは病気や老後への不安や、リストラへの不安など、外的な要因によることが多く、臨床心理学的でだけ説明できるものではない。
 

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【 個性の形成と学習 】
  個性は性格、あるいは人格(パーソナリティ)と同じ意味で使われることがある。あの人は外向的だとか、内向的だとか、協調的だとか、のんきだとか、このような性格は遺伝的な気質を中核として、多様な環境の影響を受けて形成される。その第一は家庭環境で、とくに幼児期の親のしつけや家庭の雰囲気は、「三つ子の魂、百までも」と言われるように、決定的な影響を与える。幼児期の虐待がPTSD(外傷後ストレス障害)や多重人格を生むという報告もある。
  第二に学校環境がある。そこでは教師やクラスメートとの関係が機軸であるが、学習や友だち作りやスポーツなどの面での社会的欲求が生まれ始めるときである。画一化な教育は画一的な「いい子、悪い子」の評価を持っており、子供の個性を多面的な尺度で評価することを不可能にする。しかも、そこには受験という競争社会が存在し、子供自身の学習適正や家庭の教育投資力の差も現れ、差別選別が生じてくるのも事実である。子供たちは防御機制も身につけるが、一方では他者への攻撃的行動としての「いじめ」や、逃避の一種である不登校などの現象も現れる。こうした環境への適応の違いや経験を通して、教義の性格や人格が形成される。
  第三に社会環境がある。気候風土の違いも性格に影響を与えるし、文化の違いは国民性の違いなどによって、習慣的性格を生む。更に、どのような仕事に就き、どのような役割をしているかによる役割性格も生む。このようにして形成された個人の性格や人格は、他者から区別される個性となって現れる。
  この個性・パーソナリティの形成は、環境要因に運命論的に決定されるものではなく、環境への適応や、練習や試行錯誤、失敗の教訓化などの「学習行動」を通して進められるのである。その学習された行動が安定し持続する場合は習慣(悪いケースは「癖」)といわれるが、その学習には、先行条件として、個々人の動機、態度、情動、気質や認知力が影響する。
  学習はまず「模倣」から始まる。やがて知識の摂取や試行錯誤、練習と習得、更に課題解決のための行動などへと進む。この全過程が学習である。学習というのは、学課の勉強に限られるのではなく、広く生活の全般にわたっているのである。
  人の知の世界は、視聴覚や情意の世界が密接に関係しており、知覚現象や「そうしたい、そうしよう」と思っていない学習は受動的になり、短期記憶として一時的に蓄えられるだけで、すぐに消えていく。逆に、自分が自発的に経験・学習したことは長期記憶となり、習慣化されれば個性となる。こうして作られた個性は、個体が持つ第二の自然と言うこともできる。それは学習によって変化もすれば、発展もするし、あるいは退化もするものである。
  今日の学校教育の最大の問題は、学習を狭くとらえたため知識偏重になり、人格形成という面をおざなりにしてきたことにある。教育の場は自発的創造の精神に支えられた人間的な共同体であり、子供たちが学校という場で結ばれた子供社会の中で、生き生きと個性を伸ばし合える場であることが大切である。画一的評価を押しつけや、行きすぎた競争は歪みを生む。
 

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3 現代の生命倫理
■ 生命の倫理と偉大な個性たち
  現代に偉大な思想と足跡を残した人々がいる。ここでは開発途上国で、病気や貧困・飢餓、内戦などの問題を抱えて苦しんでいる人々のために、自分の生涯を捧げた四名を代表として取り上げたが、世界ではほかにも無名の多くの人たちがこうした献身的な活動をしている。おそらく、真のアイデンティティを持つ人々というのは、こうした人々であろう。
【 シュワイツァーの思想と足跡 】
  シュワイツァー(シュバイツァー/1875―1965)はドイツの神学者であり、音楽家でありと、医師でありと多方面で活躍した人である。
  シュワイツァーは当時ドイツ領、現在フランス領のカイザースベルクの牧師の家に生まれた。1900年神学博士となるが、神学者としてのシュワイツァーの思想の中心は「生命への畏敬」である。それは、神の愛によって生かされて生きる存在としての人間、思弁を捨てて他者のために生きようとする意志に「倫理」を求めた。シュワイツァーの考えは教会的神学からは過激な自由主義と危険視された。
  29歳の時、白人に支配されて悲惨な生活に苦しむアフリカの人々のことを知り、医学を勉強して、1913年に医学博士となる。その後、伝道会派遣の医師として妻と一緒にランバレネ(当時フランス領コンゴ/現ガボン共和国)に渡り、全財産をなげうって診療所を作り、医療事業を開始する。第一次世界大戦勃発のため捕虜として抑留されて、一旦医療事業は挫折するが、戦後、文筆活動やパイプ・オルガンの演奏によって資金を調達し、再び1926年再度ランバレネに赴いて病院を再開した。第二次大戦中もずっとランバレネにとどまり、体力の限界と薬品物資の欠乏を押して医療事業に専念し、現地の人たちから「密林の聖人」として親しまれたが、1965年9月4日ランバレネにて亡くなった。
  1952年度ノーベル平和賞を受けた。シュワイツァーの偉大さは、自らの思想を具体的な生活実践を通して生涯貫いた点にある。晩年のシュワイツァーは東洋思想にも触れ、「植物も動物も人間も、すべての生命は神聖であり、尊重されねばならない」と、人間の倫理は自然界の倫理の一部に過ぎないと、「生命への畏敬」を全自然へ普遍化した。そして、世界平和を呼びかけ、原子力による世界危機に対して核兵器の廃絶を説いたばかりでなく、地球の環境保全も呼びかけた。
 

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【 ガンジーの思想と足跡 】
  ガンジー(1869―1948)は現代インドの政治指導者であり、思想家である。ガンジーはインド西部カーティアワール半島にあった小藩王国ポールバンダルの宰相の長男として生まれた。4年間ロンドンに留学し、法廷弁護士の資格を得て、93年に、訴訟事件の依頼を受けて南アフリカのナタールに渡るが、これが彼の人生の転換点になった。そこで働くインド人年季雇用労働者たちの悲惨な生活と無権利状態を見たガンジーは、彼らの市民権獲得のための運動を指導することになり、22年間ここに滞在し、自ら「サティヤーグラハ(真理の把握)」と名づける大衆的な非暴力的抵抗闘争を展開し、成功へと導いた。
  第一次世界大戦勃発直後の1915年1月に、イギリス経由でインドに戻った。南アフリカ時代に書かれた『ヒンド・スワラージ(インドの自治)』(1909)という小冊子にはその後の彼の理想が凝縮されているが、第一次大戦後、19~22年に展開された第一次サティヤーグラハ(非暴力的抵抗)闘争、ついで30~34年には、イギリス支配の一つの象徴としての食塩専売の侵犯に始まる第二次サティヤーグラハ闘争(「塩の行進」)を指導し、農民大衆を含むインド内のあらゆる階級、階層の人々を未曽有の規模で反英政治運動へと結集していった。また、その運動を国民会議派へと結集し、インド最大の大衆的民族運動組織として成長させた。
  また、インドの直面する多くの社会問題の解決に取り組んだ。1920年代から始まる全インド紡糸工連盟設立による農村手工業の発展、30年代からの不可触民(「ハリジャン―神の子」)と彼はよんだ)解放の運動、ヒンドゥー・ムスリム間の統合、新教育運動などだが、これらは「建設的プログラム」とよばれた。しかし、ムスリム連盟の指導者M・A・ジンナーとは鋭く対立し、そのパキスタン建国論に反対したが、結局マウントバッテン裁定(1947年6月)に盛られたインドの分離独立案を国民会議派指導部が承認するのを抑止できなかった。そのため、インド独立後の1948年1月、狂信的ヒンドゥー主義者の凶弾によって倒れた。
  ガンジーの行動理念は、「サティヤーグラハ(真理の把握)」にあるが、あらゆる存在の生命を尊重して、殺傷せず、肉食をせず、戦争に反対する非暴力主義こそ思想の核心であった。彼は、たとえ正しい目的のためであれ、暴力は暴力を生み、やがて人類を破滅に導くものであるから、正しい目的は正しい非暴力的手段で実現しなければならないとした。このガンジーの思想はソローの「市民的不服従」、トルストイの「非暴力」などから影響を受けたと言われているが、彼の偉大さは、それを個人的な行動にとどまらず、白人の植民地支配や人種差別、カースト制撤廃などの社会運動として、おおきな非暴力不服従運動へと発展させたことにあるだろう。
  社会改革、あるいは革命と言われるものは、古今東西、流血を伴うことが少なくない。それはその社会の旧支配層が軍隊(武力)を握っていたことによるが、「暴力は暴力を生み、暴力で生まれた政権は、また暴力で倒れる」というガンジーの指摘は今日も不朽の輝きを持っている。
  ガンジーは「マハートマー(偉大なる魂)」「ラーシュトラ・ピター(国の父)」などいくつかの呼称をもち、今もインド人大衆の尊敬と親愛の的となっている。しかし、ガンジーが願ったヒンズー教とイスラム教の対立は依然として解決されず、カースト制度もまだ厳然と残っている。
 
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