2007年1级读解(原创)(如需转载,请标明转自:明正外语论坛)

2007年1级读解




問題Ⅰ 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。答えは、123.4から最も適当なものを一つ選びなさい。
  
  人の会話というのは、言葉としては案外成り立ついないことが多い。ずっと昔、母親と話をしていてそう痛感したことがある。

  例えばの話。私が母に「このあいだより太ったみたいだけどどうしたの」と聞く、すると母は「服を買いに行ったら大きなサイズの店にいけと言われて腹が立った」と続ける。「甘いものを食べ過ぎなんじゃなかいの」と私が言うと、「どこそこの店の幅を買ったらまずくて食べられたものじゃなかった」と母は言う。

  このように書き記してみれば、会話としてまったく成り立っていない。双方が双方の思うままを口にしているだけである。

  私はこの母とよく口論になった。この「思うまま会話」がどんどん進んでいくと、最
                     

後に決まって母は「小説なんか書いてないで結婚したらどうか」という方向に結論づけ、「あなたが太った話がなぜ私の結婚問題に結びつくのか」と私が突っかかり、口論になる



わけである。この口論だってもちろん、会話としては成り立っていない。その都度、「母に私の言葉は通じないのだ」と腹立ち紛れに思ったものだった。

  しかしひょっとしたら、通じないと決め付けた私は、会話というものは「相手の言うことを耳で聞き,順繰りに理解する」はずだと信じていたのかもしれない。信じているふうに会話が進んでくれないことに、苛立っていたのかもしれない。そういえば、あれは



「耳で聞いたことを順繰りに理解しているのか」と、自分の信じるところを訴えていたんだなあ。

  言葉というものは使う人によって、温度も色合いも違う。もしこれが統一されていれば、順序だてて理性的に会話をせずとも、誤解や勘違いやすれ違いはまったくなくなるのではないか。映画や小説の中で人々が交わす言葉は、たいていの場合、温度も色合いも統


一されている。だからものごとは決まった時間、決まったページ数のなかで、理性的に展開され着地すべき場所に着地する。しかし(

)で、同じ温度、同じ色合い。無個性の言葉でしか会話できないとしたら、と考えると、なにやら殺伐としたものを感じてしまう。あくまで想像だが、戦時下などの有事のときは、ぎりぎりまで言葉から個性がそぎ落ちとされたのではなかろうか。

  その人しか持ち得ない言葉があり、その人からしか受け取れない言葉というものがある。誤解をしたりすれ違ったりしつつ、それをまた言葉で訂正していく、ということも、案外人の持つゆたかさのひとつなのかもしれない。そう考えると、成立しなかったように思えた母との会話も、私たちにしかありえない関係の一つだったと思え。そのことにちょっと安心する
1 「思うまま会話」とあるが、どのような会話か。

  1 相手に通じないとあきらめて内初め、はじめから相手を理解しようとしない会話
  2 相手のはなしを十分聞かず、自分に言いたいことを言うだけでかみ合わない会話
  3 相手の興味を持っている話題について、相手の話の流れにかわせてする会話
  4 相手の話を聞いていて腹が立つ内容が含まれているので、口論になりやすい会話 


2 ②「私が突っかかり」とあるが、その時筆者の気持ちとして最も適当なものはどれか。
  1
母に話しは何か言いたいのかわかりにくいので、欲求不満を感じている。
  2
母のことを思って話しているのに、どうしてわかってくれないののだろうという苛立ちを感じている。
  3
母の話は始まりと終わりでは内容が異なり、しかも気に障る内容になることに対して不快感を持っている。
  4
母が言いたいことを言い続けて人の話を聞かないので、言いたいことが言えなくなると言う不満を持っている。

3 ③「あれ」とは何か。
  1
母とどんなことでもよく口論したこと
  2
母に自分の話は通じないと決め付けたこと
  3
母と会話が思うように進まず苛立ったこと  
  4
母に自分の話を聞いているのか何度も確かめたこと

4 ④「映画や小説のなかで人々が交わす言葉」に対して、筆者はどのように思っているか。最も適当なものはどれか。
  1
言葉の順番が決まっているので、会話が理性的である。
  2
会話が順序だててすすまないので、個性的でありおもしろい。
  3
言葉の使われ方もニュアンスも同じで、会話が予想どおりに進む。
  4
会話の場面では、お互いが相手の話をよく聞くようになっている。

5 ( ⑤ )に入る表現として最も適当なものはどれか。
  1
実際の生活
  2
映画の世界
  3
小説の世界
  4
理想的な生活

6 筆者は、はじめに会話がどのようなものだと考えていたか。
  1
本来理性的であるが、誤解は当然生じるものだ。
  2
すれ違い画あっても、苛立たずに聞くべきものだ。 
  3
相手の話の流れに沿って聞き、理解するべきものだ。
  4
個性的であっても、その方が人間的だと感じられるものだ。

7 母と自分との会話について筆者は今はどう思っているか。
  1
誤解が生じるような会話も、活発な口論になるので、おもしろい。
  2
誤解が生じるような会話も、二人の個性が表れていて、悪くはない。
  3
誤解が生じるような会話は、母のわがままな性格の表れで、受け入れがたい。
  4
誤解が生じるような会話は、母が一方的に進めてことが原因なので、意味がない

問題Ⅱ 次の(1)から(3)の文章を読んで、それぞれの問に対する答えとして最も適当なものを1.2.3.4.から一つ選びなさい。

(1)私たち人間にとって悪臭というのは危険信号の一つである。もしも、食べ物が腐っているのに悪臭を感じなかったら、大丈夫だと思って食べて、食中毒を起こして死ぬかもしれない。私たちは、鼻という検出器を使って危険かどうかの判断をしている。

  悪臭があるかないかは、私たち人間の判断であって、この判断ほかの生物にもそのまま当てはまるわけではない。腐ったものを屋外に出すと、すぐにキンバエが集まってくるように、腐ったものはキンバエは、おそらくいい香りのものと思われる。キンバエにとって良い臭いとか悪い臭いとか、おいしい食べ物とかという判断は、明らかに人間とは異なる。

  微生物の中にも、人間と同じようなものをエサにするものもいるし、人間が嫌うものをエサにするものもいる。まずいエサとかおいしいエサという判断は、生物それぞれで異なる問い動く常識的なことが、案外理解されていないようである。このために、悪臭物をエサにする微生物は、特殊で変な微生物だという誤解が生まれる。また、悪臭物ばかり与えたのでは、微生物が弱ってしまうのではないかというように考える人が出てきたりする。
 
 物が腐ると悪臭が出るが、ここで出た悪臭は、ある種の微生物には重要なエサであって、この悪臭物でその微生物が育つ。これは、日常的な自然界の営みであり、この営みを担う微生物が自然界に広く分布している。
 
 物質の循環にかかわる多くの生物の作用があって初めて、人間は生命を維持することができるのである。しかし、日常生活においては、その一部しか認識する機会がないために、自然環境について誤解している人が多いようである。このことがさまざまな環境問題の理解の妨げになっているように思える

1 人間にとって悪臭を感じ取ることの意味は何か。
  1 食べ物の安全性を判断できること
  2 検出器の正確さを判断できること
  3 その食べ物が好み合うかどうか判断できること
  4 その食べ物を食べると死ぬかどうか判断できること

2 悪臭物をエサにする微生物が特殊で変だと誤解されるのはなぜか。
  1 微生物がなぜ悪臭物に集まるか、ということが解明されていないから
  2 微生物は常に人間とは違うものを好み、ということが認識されていないから
  3 人間と微生物では好むものの判断が異なる、ということが理解されていないから 
  4 人間と微生物では持っている検出器がことなる、ということがあきらかになっていないから

3 「その」がさす内容は次のうちのどれか。
  1 人間は臭いを感じ取ることで生命を維持できるということ
  2 人間は多くの生物の働きによって生きていられるということ 
  3 自然界には物が腐って発生した悪臭がえさになると言うこと
  4 微生物には物が腐って発生した悪臭物がエサになるということ



(2)
人称代名詞われ(私)の複数はわれわれ(私たち)だと通常考えられている。多くの場合それでいいのだし、実際にもそういうふうに使われている。けれども、われわれがいつでも必ずわれの複数といえるかとなると、そうとばかりはいえないだろう。自分を含んだ複数の人間をひとまとめにしてわれわれというとき、ことわるまでもなくそのわれわれの中で自分と他の人々とは、何らかの意味で親和的な間柄にある。たとえばグループ、学校、会社、党派、家、国など、性格や規模こそ違え、一つの同じ集団に属していて、心の、あるいは利害の上でお互いに結びついていることが前提になっているわけだ。しかしこの場合、自分と他の人々とは、それぞれの集団の外部に対しては同一の集団に属するものとして結びつきを持っているにしても、それぞれの集団内部を考えてみれば、自分と他の人々との間柄が対立を含んでいないとはいえない。自分にとって近い集団から遠い集

  ①
団へ、自分を含む小さな集団から大きな集団へという方向で、一般的には集団内部の自他の対立は大きいが、たとえ小さな身近か集団のなかでも自他の対立はなくなるわけではない。それどころ、ときには近親憎悪と呼ばれるような、近い間柄であることがかえって激しい憎しみを相互に惹き起こすことさえあるのだ。このようなわけで、集団内部の自他の対立を問題にし出すと、われわれということは簡単にはいえなくなく。もっといえば、あ
                  ②
りえないことになる。つまり、( ③ )、そこにあるのはつねにただ自己と他者たちだ、ということになるのである。

1 ①「自分と他の人々との間柄が対立を含んでいないとはいえない」という筆者の考えから言えることはどれか。
  1 他の集団に属する人間とは、親和的な間柄になることは難しい。
  2 同じ利害で結びついていない人間同士には、対立関係が生じやすい。
  3 身近な関係以外の人間には、激しい憎しみを持たないとはいえない。 
  4 同一の集団にいる身近な人間との間でも。親和的になるとは限らない。

2 ②「われわれということは簡単に言えなくなる」のはなぜか。
  1 一つの集団の中で、心や利害の上でお互いに結びついているという関係はあまりないから
  2 一つの集団の中で、複数の人間がお互いに憎しみを持っているということは考えられないから
  3 どんなに共通点の多い集団でも、その構成良員がまったく同じ考えを持つことは許されていないから
  4 どんなに共通点多い集団でも、複数の人間が全く同じ考えを持っていることはありえないから

3 ( ③ )に入る最も適当な文はどれか。 
  1 われには複数はない
  2 われは単純ではない
  3 われはわれはれと同義である
  4 われとわれわれは対立している


( 3 )僕はかたよっている。何ガかというと、たとえば映画が観たいと思
       ①
うと何本も立て続けてみる。観るのではなく、見るというのがふさわしい。本も読む時間がなくてイライラしてくると、バカ買いして本を眺めている。読むのではなく、眺めている。友達と会いたいと思うと、何人にも電話をする。会ってる時間がないのに約束しようとする。肉を食べ過ぎていると思ったら半年食べなかった。白菜がうまいと思ったら毎日食べてたときもある。車が運転したくなって夜中に川口湖周辺まで行った。なぜか僕はかたよっていて。ちょうど良い感じということを知らない気がする。つくづくバランスが悪いと思う。
 (②)最近ひとつだけうれしく思ったことがある。かたよってるからこそいまの自分があると痛感したのだ。確かに音楽の仕事にしろ、小説を書くことにしろ、偏向した性格でなければ続かなかった。しかしそれよりも、いつまでも壊れてしまったがらくたをすてられないでいる自分が急に好きになったのだ。捨てずにおいてあるものが残っていたことがうれしかったのではない。捨てられないでいる自分の心が好きななったのである。
  僕の胸の中に壊れてしまったハートがある。それを抱えたまま生きている。捨ててしまった方が荷物は軽くなるのに,いつまでも抱えている。
  壊れたハートでこれからも歩いていく。

1 ①「僕はかたよっている」とあるが、それはどういうことか。
  1 興味が持てるのは、映画しかないということ
  2 不必要なものでも、何も捨てられないということ
  3 イライラしてくると、本しか読めないということ 
  4 一度興味を持つと、それをやり過ぎてしまうということ
  
2 (②)に入る最も適当な言葉はどれか。
  1 それで 
  2 つまり 
  3 だから 
  4 ところが

3 筆者は自分自身について現在はどう思っているか
  1 かたよった性格だからこそ、今の自分や仕事がある
  2 かたよった性格を抱えたままでは、今の仕事は続けられない
  3 かたよった性格のおかげで、今までとは違う自分が好きになった
  4 かたよった性格を直せないからこそ、今の自分を認めざるを得ない


  問題Ⅲ 次の(1)から(5)の文章を読んで、それぞれの問いに対する答えとして最も適当なものを1.2.3.4.から一つ選びなさい。

 ( 1 ) 国を国たらしめる要素は何なのか、ということでは、伝統てきに、領土、国民、統治権、これが国家の三要素だ、と言われてきた。つまり、一定の土地とそこに住む人々、そしてその土地および人々に支配権を持つ統治権力、この三つがそろってはじめて」国家というものが成立立つ、というわけである。たしかに、このうちのどれ一つが欠けても国家は成り立たないから、そのがぎりでは、これから国家の三要素だというのは、まちがいではない。しかし、一定の土地とそこに住む人々というのは、国家というものがなくても存在する。いわば国家以前の存在である。そこに国家が成立するのは、その土および人々を支配する統治権力が現れることによって、である。つまり、国家の三要素とされるもののなかでは、統治権こそが、国家を国家たらしめる本質的な要素なのである。国家の本質は「権力」にあり、「権力」こそが国家の実体だ、ということである。

問い「そこに国家が成立するのは」とあるが、「そこ」とはどこか。
  1 国家の三要素のうちのどれか一つだけが欠けているところ
  2 ある決まった範囲の土地とそこに住む人々が存在するところ
  3 一定の土地および人々を支配する統治権力が現われるところ
  4 領土、国民、統治権という国家の三要素がそろっているところ


( 2 )「どうすれば、将棋が強くなれますか?」とは、もっともよく聞かれる質問である。
   実は、この質問には肝心な言葉が隠されている。それは9「努力しないで」という言葉である。つまり「どうすれば努力しないで将棋が強くなれますか」と聞きたいのだ。小さな子どもが上手に将棋を指せば、大人は「この子の才能をまっすぐに伸ばしたい」と思うものだ。しかし、才能という言葉は、あるレベルまでいってからのことで、それまでは継続的な努力によってのみ上達や向上がある。子どもにはまず。継続的な努力をかのうにする集中力を養うことが大切なのだ。
   幼児や小学生の頃の子どもは、好奇心が旺盛で、どんなものでも好きになれば夢中になる。しかし、移り気でもある。飽きてしまうと、親がいくら熱心になって旗を振ろうが、太鼓を鳴らそうが、そっぽを向いてしまう。集中力を欠いている状態で無理強いしても、柔らかい頭脳には何も染み込んではいかないだろう。

問い 「集中力を養うことが大切なのだ」とあるが、それはなぜか。  
  1 集中力さえつけば、継続的に努力しなくても才能がまっすぐ伸びていくから
  2 子どもに集中力があれば、親が無理強いしたことでも子どもはそっぽを向かないから
  3 子どもの才能が開花するまでは努力が必要であるが、努力するためには集中力が重要であるから
  4 子どもはふつう集中力がないので、まず集中力を養うことによって好奇心も旺盛になると考えられるから
  


( 3 )契約自由の原則は近代資本主義の勃興起の経済体制によくマッチしていました。それがはたした功績は大きいものでした。しかし、19世紀末葉にいたり、資本主義が成熟し、高度化するにともない、これをそのまま維持することは、場合によっては、結果的に人々を不公平に扱うことになってまいりました。大資本による市場の独占化の傾向が出てくる段階になりますと、このことはさらに一段と顕著となります。ここにおいて、契約自由に原則は変容をせまられることになるのです。


問い 倹約自由の原則が変容をせまられることになるのはなぜか。 
  1 今までの契約自由の原則は、人々を不公平に扱うことが前提になっていたから
  2 大資本の市場の独占によって、契約自由の原則の本来の目的が達成されたから
  3 近代資本主義の勃興期の契約自由の原則は、19世紀の経済において功績を残さなかったから
  4 資本主義の成長にともない、それまでの契約自由の原則では人々を公平に扱えない場合が増えてきたから


( 4 )アフリカ.サハラ砂漠に生息するアフリカの一種は、巣から餌を探しに出掛けた後、帰るのに、太陽の光のほか、歩数を手掛かりにしている可能性が高いことが分かった。ドイツ.ウルム大などの研究チームが二日までに米科学誌サイエンスに発表した。ただ,この体内「歩数計」の詳しい仕組みはまだ分からないという。
  学名が「カタグリフィス.フォルデイス」と呼ばれるこのアリは、帰巣の際、来た道筋をうねうねとたどって戻るのではなく、巣に直行することが知られる。
  周囲に目印がない砂漠で、方向は太陽光に頼るとしても、(   )が謎だった。

問い(   )に入る最も適当なものはどれか。
  1 帰巣行動と太陽光の関係
  2 体内「歩数計」の詳しい仕組み
  3 どうやって距離をつかんでいるか
  4 どのような方法で餌を探しているか


( 5 )ある研究所は、20歳以上の日本人男女を対象に、1973年から定期的日本の現状評価についての質問調査を行っている。右のグラフは、そのうちの「芸術」「経済力」「生活水準」「心の豊かさ」「科学技術の水準」の五つの項目について、<非常のよい>と<ややよい>をあわせた選択率の変化を示したものである。
   それによると、「科学技術の水準」は1973年の調査開始時から徐徐に伸びた後いったん下降しているが、最近またわずかに回復傾向が見られる。「芸術」はおよそ10%の幅で上がったり下がったりを繰り返し、2003年に評価が上がったものの,今後も評価が伸びるかどうかは分からない。一方「経済力」は1988年を最高に、それ以降評価は下がり、2003年の調査でも回復は見られない。また「生活水準」は調査開始から毎回評価は伸びていたが、1993年を境に下がり、その後も下降の傾向にある。「心の豊かさ」は毎回低い評価を受けていたが、1993年以降さらに低くなり、「生活水準」と同様、その後も低いままである。日本の現状評価は、1998年以降多少上向きの傾向が見られる項目はあるが、全体的に下がっているということがこの調査からわかった。

問い 文章の内容とグラフが合う組み合わせはどれか。

  1 ア:科学技術の水準    イ:芸術       ウ:生活水準              エ:経済力       オ:心の豊かさ

  2 ア:科学技術の水準    イ:心の豊かさ    ウ:生活水準      エ:芸術        オ:経済力

  3 ア:科学技術の水準    イ:芸術       ウ:科学技術の水準   エ:心の豊かさ     オ:経済力

  4 ア:生活水準       イ:経済力      ウ:科学技術の水準         エ:芸術        オ:心の豊かさ